うりひめ


今日は中瀬幼稚園で『うりひめ』を語ってきました。
語るためには何度も読むので、そういうことだったのか!という発見があります。(まったくの見当違いのこともあるかもしれませんが・・・)
おばあさんが川で拾ってきたうりから女の子が生まれた。老夫婦には子どもがなかったのでうりひめと名づけて大切に育てた。やがて、美しく機織り上手な娘に成長、お殿さまに見初められ嫁入りが決定。老夫婦が嫁入り支度の買い物に行くことになり、うりひめに決して戸を開けてはいけないと言い置く。ひとりで留守番していた「うりひめ」はあまんじゃくの口車に乗って、戸を開けてしまい、入ってきたあまんじゃくに着物をはぎ取られ、あまんじゃくのボロを着せられて山の梨の木に縛りつけられた。買い物から帰ってきた老夫婦は、うりひめの着物を着て、機織り機の前に座っていたので、あまんじゃくだと気づかず、翌日城の家来たちが用意した駕籠に晴れ着を着せて乗せた。
花嫁行列が梨の木の下を通りかかると、カラスが「うりひめさんの駕籠にあまんじゃくがぶち乗ったカアカア」と歌った。上を見るとうりひめが木に縛りつけられていた。正体がバレたあまんじゃくは駕籠から飛び出し、逃げ出したが、怒った老夫婦につかまり、晴れ着をはぎとられて、梨の木に縛りつけられた。うりひめは木から降ろされ、晴れ着を着せてもらって、殿様に嫁いでいった。
何度読んでも不自然だなぁと思うのは、老夫婦が嫁入りの晴れ着に着替えさせているのに、そこにいるのがうりひめではなくあまんじゃくだと見破れないところ。
それは最初からうりひめもあまんじゃくも同じ人物だからなのではないかな?良い子ちゃんのうりひめの中で抑圧されている思春期の荒れ狂う思いがあまんじゃくの形になってあらわれているのかもしれません。
あまんじゃくが牛と馬に片足づつくくられて、ふたつにさけてしまう形の話もあります。娘の内面の引き裂かれていた建前的な自己像と本音の自己像が結婚を目前にして、統合するお話かなぁと心の中で思いながら、語りました。あまんじゃくに唆されて、戸を指一本分から手一本、足一本、頭入るだけ・・・と少しずつ開けてしまう場面で子どもたちがぐんぐんお話にひきこまれていることを感じることができました。戸を開ける過程は無意識レベルの深い自己像を覗き込む過程に似ているなと思います。

写真は私のマイボトル。
http://d.hatena.ne.jp/fumfum235/20140505
六本木ミッドタウンで飲んでからのお気に入り。
「白州で作った薄めのハイボールが好き!」と言ったら、つれあいが買ってきてくれました。長男に飲まれないようにマジックで名前を書く予定(笑)ミントの苗も買ってこよう!