問う力

いつ頃からか、日本人作家の著作を読む時、奥付けを見て初版発行が東日本大震災前か後かを確認する癖がつきました。
この本は2009年発行。震災前です。
『猫に未来はない』の長田弘さんの対談集。もともとは電通の社内ウェブ・マガジンに連載されていたそうです。
対談相手はあべ弘士、岡田武史ピーター・バラカン国谷裕子、キム・ソナ、是枝裕和桂歌丸猪口邦子、キム・ジョンハク、瀬戸内寂聴、隅研吾。
旭山動物園で25年間飼育係を勤め、退職後も旭川に住み続ける絵本作家・あべ弘士との対談が印象に残りました。
あべ弘士さんが駆け出し飼育員の頃、日本の動物園界には3人のスーパースター飼育員がいたそうです。一人は上野動物園・カバの西山登志雄さん。(私は少年ジャンプに連載されていた『ボクの動物園日記』を毎週読んでいました。懐かしい!)神戸王子動物園チンパンジー亀井一成。名古屋の東山動物園・ゴリラの浅井力三さん。
あべさんは新人の頃は、動物を馴らしたいし、動物に好かれたいと思っていたそうです。でも、「命とはなんぞや」「なぜ動物を飼わなくちゃいけないのか」「動物園は何のためにあるのか」「自分と動物はどういう関係であるべきか」ということを同僚たちと毎日議論し、いろいろな経験を積むうちに「馴らす」「調教する」ということは違うのではないかと思いはじめたそうです。動物たちが「お客さんにこう言ってくれよ」と言っている感じがするようになり、10年目頃から「飼育係は通訳なんだ」と意識しはじめたとか。
20年たつと「動物といつも一緒にいてはならない」「動物にかかわらない」「干渉しない」そして「鑑賞」もしない。その上で、「環境」を整えて「観察」するという飼育を目指したそうです。
「環境」とは、たとえば、床をコンクリートではなく土にしたのです。コンクリートの床だと掃除が楽で清潔は保たれる。土を入れたら、おしっこ、ウンコなどで不潔になるから、しょっちゅう取り替えなくちゃいけない。土は大事なんです。動物はコンクリートの上で生活していませんんからね。仕事は大変になる。だけど、それは努力をすればいい。それは予算でどうにかするのではなく、努力でできる。なまけなければね。もう一つ、リスを飼うならケージのなかに木を植えたり落ち葉をしいたりして、ある程度の自然環境を整える。そして、馴らさない。いつも一緒にいない。必要なとき以外は小屋の中に入らない。そして、遠くでみているだけ。「観察」をする。「観察」をすると状態がわかる。「あっ、今こうしている」「あっ、血が出てる」とか。今思うとたったこんなことに気づくのに二十年もかかりました。
太字部分は原文のままです。仕事の内容が深まるにつれ、関わり方がかわってくるところは保育と同じだなぁと思いました。コンクリートではなく不便でも土という部分も保育環境にどんな素材を選ぶのかに通じるものがあります。