風立ちぬ


風立ちぬ』はプロジェクトXとメロドラマの見事な合体。さすが、剛腕宮崎駿編年体で語られる現世のドラマをカプローニと二郎の夢の時空が絶妙に推進していました。こういう構造のドラマって珍しいな。夢幻という意味では、能の影響もあるのかな?夢の時空はシークエンスとシークエンスをつなぐ橋(bridge)のようだと思いました。カプローニの巨大飛行機の操縦席が艦船のbridgeみたいだったからかな?つれあいはラピュタのドーラおばさんみたいな女の人も乗っていたと言うのですが、私は気づきませんでした。
宮崎駿が照樹務名義で脚本・演出したTV版 ルパン三世『さらば愛しきルパンよ』のラムダ、『風の谷のナウシカ』のメーヴェ、バカガラス・・・これまで見てきた宮崎アニメの飛行機(物体)を思い出しながら、飛ぶ夢を見させてもらいました。そして、今回も『紅の豚』にも登場した飛行機の墓場イメージが出てきました。ロアルド・ダールの短編に似た話があるのですが、タイトル何だったかな?新書館の『昨日は美しかった』に収録されていたような・・・。サナトリウムのシーンでは福永武彦の小説を思い出しました。 『草の花』?ゆっくり本が読みた〜い!でも、老眼で目が疲れる〜、集中力が足りな〜い、仕事と家事が忙し〜い。なんて言ったら宮崎監督に一笑にふされてしまいますね。君は力をつくしたかね? ひ・・平にご容赦を・・・(^^ゞ
それにしても、ジブリアニメの夏空の素晴らしさ!深い青と入道雲。動く絵の魅力を堪能しました。庵野秀明エヴァンゲリオンの監督)の声が堀越二郎にあまりにハマっていたので、最初、カントクくんが声優を勤めていたことを失念し、脳内で必死に若手俳優をサーチしてしまいました。カプローニの表情の動かし方が声をだしている野村萬斎そっくり!萬斎さんが三鷹公会堂の東西狂言会で解説を始めると、外見とギャップのあるあまりの声の低さにびっくりして、観客がクスクス笑いだしたことを思い出しました。このアニメでは極端に低い声と思わなかったので、狂言サイボーグだけあって声の引き出しも多数持っているのでしょうね。語りとほんの少しの所作で成立している『奈須与市語(なすのよいちのかたり)』という狂言の演目をみたことがあります。太郎冠者・次郎冠者の出てくる狂言とは趣がまったく違い、ひとり語り特有の緊張感がありました。演芸のルーツを考える上で面白いです。
鯖の骨のカーブを美しいと捉える感性って面白いな。そんな印象的なエピソードをサラリと作る宮崎駿はやはり天才なんでしょうね。長編アニメからの引退は表明したけれど、今後もまだまだエネルギッシュに活躍しそうな予感。業としての面もある創造性を持っている人のように見えるので・・・。

昨日「和様の書」展で見てきた、尾形乾山が81歳の時に制作した《色絵和歌十体短冊皿》に書かれていた和歌のひとつが印象に残ったのでメモしてきました。
むさし野や ゆけども秋のはてぞなき いかなるかぜの末に ふくらむ  源通光 新古今378
「武蔵野よ、行けども秋の景色の果てるところはない、どのような風が野末に吹いているのだろう」
スタジオジブリは武蔵野にあるし、『風の谷のナウシカ』をはじめ、風の表現が多いので、この歌から宮崎駿を連想しました。人生の上では晩秋ってところかもしれませんが、これからどんな風を吹かせてくれるのかな〜?

【9月15日 追記】
飛行機の墓場イメージは ロアルド・ダール『昨日は美しかった  飛行士の10の短編』(新書館)に収録されている「彼らは年をとらない」でした。『飛行士たちの話』(ハヤカワ文庫)にも同じタイトルで収録されています。
読み直してみたら、墓場ではなく天国って感じでした。墜落した飛行機たちが敵も味方も古い型も最新型も一列になって飛んで、緑の草原に降り、最後は光の中にとけていくイメージ。