おめでとう

天使のいる教室

天使のいる教室

四宮おはなしの会のFさんにすすめてもらったエッセイ集に心に残るお話がありました。こんなあいさつができる校長先生ってすてきですね。

おめでとう      宮川ひろ(『母からゆずられた前かけ』文溪堂より)
新年度をむかえて、全国各地で、さわやかな入学式風景が見られたことだろう。
わたしも、戦中戦後の混乱時代に、小学校に勤めて何回か入学式を経験してきた。
昭和二十五年の四月、わたしは一年生の担任として、入学式をむかえた。そのとき校長だった福島鶴吉先生のごあいさつが忘れられない。
まだ、おおかたの子どもが、保育園も幼稚園も通ってはこない時代である。おかあさんの袂にしがみついたまま、席につけない子が、どのクラスにも二、三にんはいるのがふつうだった。そんな中で、式ははじめられた。体育館の前のほうに、新入生の席はつくられていた。
式は進んで、校長先生のお話になった。校長先生は、高い壇の上にあがっていって、大きなテーブルの前に立たれた。
「ご入学、おめでとうございます」
ていねいに頭をさげると、それだけで壇からおりてこられた。

              • 短いあいさつでよかった。子どもにはわかりにくい話を、ながながとされたのではたまらないもの-------。

ほっとしたような、静かなざわめきが、うしろのほうの父母の席から流れてきた。
壇をおりた校長先生は、こんどは、子どもたちの席の前に立たれた。
「いま、先生は『おめでとうございます』ってあいさつをしたねえ」
校長先生は、子どもたちの表情を見つめながら、ゆっくりと話しかけた。
「うん、ゆったよ」
やさしい問いかけに、緊張をほぐした子どもたちは、そんなふうにこたえる子も何人かいた。
「学校へくるとちゅうでも、だれかに『おめでとう』をいってもらった人もいるでしょう」
「うん、となりのおばちゃん」
「おめでとうって、どんなときにいうのかな」
また、先生が問いかける。
「赤ちゃんが生まれたとき!」
「おねえちゃんが、およめさんになったとき」
「お正月もいうよ」
子どもたちはつぎつぎとこたえた。
「そうだね、おめでとうは、きのうよりは、ちょっとだけりっぱになれたときに、いうんだね。どうかな、あしたからは、おかあさんといっしょでなくても、ひとりで学校へこられるかな」
校長先生は、やさしい笑顔で聞いてくれた。
「こられる」
「こられまあす」
校長先生は大きくうなずくと、もう一度壇の上にあがって、テーブルの前にまっすぐに立たれた。
「ご入学おめでとうございます。おめでとうをいっぱいもらって、大きくなるんだよ」
また深ぶかと頭をさげて、壇をおりてこられた。


「天使のいる教室」は日大板橋病院近くの小学校での実話をもとに宮川ひろさんが書いた童話です。